2016年

9月

14日

9月号の会報を発行しました。

 先月は夏休みをいただき、ふた月ぶりの会報発行となりました。第152号となります今号では、巻頭特集として724日におこなわれました境川クリーンアップ作戦について、実行委員長を務めた山口平太郎会員より寄稿をいただくことができました。また桜美林大学地域・社会連携室の福原信広課長より、2009年からの桜美林大学の参加の軌跡について、ご寄稿いただきました。

 今号の本紙後半は、鶴川自然友の会の代表である中野進先生へのインタビュー取材から編集部による特集記事を組みました。このように今号は、町田市の環境保護の市民活動の過去と現在をつなぐ紙面となりました。町田市の市民活動の厚みがあればこそ可能になった今号です。関係のみなさまに厚く御礼を申し上げます。

2000年から2003年にかけて町田まちづくり市民会議の会報として発行されていた『フォルム』のバックナンバーを、旧ホームページに掲載されていた形式をできるかぎり保ったまま、左の項目よりご覧いただけます。

町田市の地形を白鳥にみたてた町田まちづくり市民会議の旧ロゴ
町田市の地形を白鳥にみたてた町田まちづくり市民会議の旧ロゴ

以下の文章は、旧ホームページのトップに掲げられていた当時の巻頭言です。町田まちづくり市民会議の軌跡として、ここに掲載します。

東京オリンピックの頃 僕たちカク家族はここ町田に引越して来た

同じ10万人くらいの 外の市から多摩丘陵の空気のきれいな所へ

246号線は大工事中 横羽線を通ると七色の煙と臭気にまかれた

それでも町田は東京都 青と黄の小田急で多摩川渡れば3度涼しい

ここはゴミの先進都市 妻が胸をはり子は丘や谷越え仮設の学校へ

緑のダムのきれいな水 コーヒー美味しい朝からダンチ族は忙しい

 

縄文時代から町田住居 江戸時代は大山街道の宿場に非も何でも有り

明治時代は絹の道から 今は商業盛んな住宅都市人口増は可か否か

 

何れにしろ殿様は無縁 自然の中市民が主人公のまちづくりが基本

 

はじめに

19世紀から20世紀を通して、日本は、先進国を追いかけ、21世紀に入ろうとして、今、路頭に迷っています。町田の市民は、自由民権思想の先達を記念館にまつりながら、やっと今、そのほんとうの意味に気づきました。それは、自分たちの町田は自分たちが考え、自分たちの力でつくっていくことです。

日本の町が、地球上のいろいろな町から取り残されていっているもの、それは、隣近所のない住宅、電線や広告だらけの道路、いっでも再生すると錯覚している緑です。地図をひらくと、「多摩丘陵のはばたく市民文化都市」なる姿が、あたかも白鳥のように浮かんできます。が、背景はというと、美しいみどりがだんだん削りとられ、空気がよごれ、水がほそり、市民の元気さまで失われてきているようです。

焦点を町田のあちこちに当てて、くわしく調べてみると、

 

(1)ゴミの先進都市だったのに、今あふれる処理に追われ、あらたな汚染もあり

(2)緑のダムが壊されようとしている源流都市

(3)公共交通システムが不足する道路は、拡げても車による渋滞は解消せず

(4)福祉のさきがけだったはずが長つづきせず

(5)スローガンだけで中身のないプンカ都市

(6)わすれた頃やってくる災害におろおろ

(7)二六の市からつづく商業の繁盛や工農の現代化にいきぎれ

(8)住環境づくりに美意識がうしなわれ、隣人へのいたわりもない。

 

 市民が協力しあって、自分たちの町田の近景をはっきり描きだす作業がつづきました。老若男女こぞって知恵を出し、金をだし、やっとまとめあげて、さあ、これからは、市民と公僕と事業者が町づくりを始めねばなりません。町田は、殿様や大企業の城下町ではありません。ここに住み仕事をもつ、この三者が未来にむかって子供や後輩のためにも、美しい町並み、澄んだ水と大気、緑したたり花のたえない多摩丘陵をめざし、白鳥が翔んでくるように、この計画を実行しましょう!